あらすじ
苦手な縫合の練習のため、シミュレーターに向かう内科医の副島。彼が担当した女性患者はある秘密を抱えていた(「最後の良薬」)。バレーボール日本代表の彩夏と、医者である姉の多佳子。二人は実家に向かう途中でトンネル崩落事故に巻き込まれてしまう。運転席に閉じ込められた妹に対して多佳子がとった意外な行動とは(「涙の成分比」)。医療の現場を舞台に描き出す、鮮やかな謎と予想外の結末。名手による傑作ミステリ集。
ISBN: 9784041076521ASIN: 4041076528
作品考察・見どころ
長岡弘樹氏が描く医療ミステリの真髄は、生死の境で剥き出しになる人間の業への冷徹かつ温かな眼差しにあります。本作は単なる謎解きに留まらず、白衣に身を包む者たちが抱える矜持と、その裏側に潜む微かな綻びを鮮やかに切り取っています。専門的な描写がそのまま登場人物の心理的な葛藤や倫理観を浮き彫りにする手法は、まさに短編の名手ならではの職人芸と言えるでしょう。 物語の核心にあるのは、救済と欺瞞が表裏一体となった嘘の重みです。究極の選択を迫られた際に、医師が、あるいは一人の人間が何を優先するのか。その決断がもたらす驚きと切なさが、読者の心に深く刺さります。医療という聖域を舞台にしながらも、そこで語られるのは普遍的な愛と再生の物語であり、一文字たりとも読み飛ばせない緊張感に満ちた傑作です。



