あらすじ
患者の搬送を避ける救急隊員の事情が胸に迫る「迷走」。娘の不可解な行動に悩む女性刑事が、我が子の意図に心揺さぶられる「傍聞き」。女性の自宅を鎮火中に、消防士のとった行為が意想外な「899」。元受刑者の揺れる気持ちが切ない「迷い箱」。まったく予想のつかない展開と、人間ドラマが見事に融合した4編。表題作で08年日本推理作家協会賞短編部門受賞。
ISBN: 9784575514537ASIN: 4575514535
作品考察・見どころ
長岡弘樹が描くのは、職責と情愛の狭間で揺れる人間の剥き出しの鼓動です。本作はミステリの枠を超え、沈黙や嘘の裏側に隠された「真実の救済」を鮮やかに描き出しています。著者の冷徹なまでの観察眼が、救急隊員や刑事といったプロフェッショナルの矜持を浮き彫りにし、読者の胸を容赦なく締め付けます。 白眉は「傍聞き」という心理的装置の活用です。人は正面から伝えられた言葉より、横から漏れ聞こえた言葉を信じてしまう。その機微を逆手に取ったプロットは、残酷でありながら究極の慈愛に満ちています。短い頁の中に人生の苦渋と希望を凝縮させた構成力は、短編の名手としての面目躍如と言えるでしょう。