あらすじ
東京で働いていた私が残念旅館の女将に!?
亡き母の跡を継ぎ、東京での仕事を辞め静岡県伊東市にある「海近旅館」の女将となった海野美咲は、ため息ばかりついていた。
美咲の旅館は“部屋から海が見える”ことだけが取り柄で、他のサービスは全ていまひとつ。お客の入りも悪く、ともに宿を切り盛りする父も兄も、全く頼りにならなかった。
名女将だった母のおかげで経営が成り立っていたことを改めて思い知り、一人頭を抱える美咲。あるとき、不思議な二人組の男性客が泊まりに来る。さらに、その二人が「海近旅館」を買収するための下見に来ているのではないかと噂が広がり……。
ドラマ化もされた大人気作「鴨川食堂」シリーズの著者が贈る、おいしくて元気が出る、ハートフルストーリー!
文庫化にあたり、“今すぐ行きたい”著者厳選のおすすめ旅館を紹介する「美咲のおすすめ宿 厳選8軒」も収録!
第一章 黒船襲来
第二章 嵐の前に
第三章 神さまの客
第四章 美咲の恋
第五章 智也の寿司
第六章 山折り谷折り
第七章 荒海
第八章 船出
作品考察・見どころ
柏井寿氏が描く物語の真髄は、目に見えない「心の機微」を日常の風景に昇華させる手腕にあります。本作は、海しか取り柄がないと嘆く美咲が、土地の記憶や母の遺した想いに触れ、再生していく過程を瑞々しく捉えています。五感に訴える繊細な筆致は、まさに京都の美学を知り尽くした著者ならではの極致。潮騒の音が読者の心へ直接響き渡るような臨場感が、物語の屋台骨を支えています。 謎めいた客人がもたらすのは、単なる経営の転換ではなく、他者の孤独に寄り添う「おもてなし」の本質です。旅館を、人生の岐路に立つ人々が魂を休める聖域として描き出す点に文学的な深みがあります。不器用な情熱が交錯するこの人間讃歌は、読み終えた後の心に温かな凪を運んでくれるでしょう。極上の休息を求めるすべての大人に捧げたい傑作です。