呉勝浩が本作で描き出すのは、正義という名の虚像に踊らされる人間の根源的な業です。ベテラン刑事・番場が迷い込むのは、事件の真相ではなく自らの魂の深淵に他なりません。乱歩賞作家らしい緻密な筆致で綴られるのは、法と私情の狭間で摩耗し、やがて正義そのものを見失っていく男の凄絶なまでの凋落と、その果てに見える寒々しい景色です。
特筆すべきは、警察小説という枠組みを借りて突きつけられる問いの鋭さです。蜃気楼のように揺らめく真実を追い求める犬たちの姿は、狂おしいほどの人間味に溢れています。読者の信じる善悪の境界線が音を立てて溶解していく感覚。その危うい高揚感こそが、本作が放つ文学的な魔力であり、読む者の価値観を根底から揺さぶる真髄なのです。