相沢沙呼が描く本作は、倒叙ミステリの形式を借りて「探偵の正体」を解体する野心作です。城塚翡翠という完璧な美しさと狡知さを備えたヒロインが、犯人の心理を弄び追い詰める様は、知的な快感を超えた恐怖すら伴います。その核心にあるのは、人間が持つ「信じたいものを信じる」という脆弱性への鋭い洞察と、論理による冷徹な救済なのです。
表題作で翡翠が見せる涙は、これまでの仮面を剥ぎ、一人の少女としての孤独を浮き彫りにします。犯人を観察する読者自身が、いつの間にか彼女の視線に射すくめられている逆転の構図が見事です。本作はトリックの巧妙さを超え、観測することの残酷さと真実の重みを克明に描き出した、ミステリの枠に留まらない人間ドラマの到達点と言えるでしょう。