平野啓一郎が描く本作は、単なる男女の邂逅と別離の物語ではありません。最大の見どころは、人は変えられないはずの過去を、未来の生き方によって書き換え、解釈し直すことができるという強烈な肯定の哲学にあります。知性と情熱が交錯する文体は、まるでクラシックギターの旋律のように繊細で、成熟した大人の魂を震わせる深遠な響きを湛えています。
運命に翻弄される蒔野と洋子の姿を通して、私たちは愛することの切なさと、残酷なまでの時間の不可逆性を突きつけられます。しかし、読後に残るのは喪失感ではなく、絶望の果てに掴み取った希望の光です。今の自分がどうあるかによって、かつての悲劇さえも幸福への伏線へと変貌させる。そんな「運命への反撃」を試みる一冊として、あなたの人生に深く刻まれるはずです。