あらすじ
茶色の目と髪、いつも地味な服を着ているサリー・ポーターは、ニューヨークで働くごく平凡なウエイトレス。だが、彼女には人に言えない悩みがあった。子供のときから、ときどき記憶喪失におちいるのだ。それが原因で仕事も長続きしないし、結婚も破局をむかえてしまった。いまでは、愛する子供たちとも別れて暮らさざるをえない。サリーには知るよしもなかったが、彼女の心のなかにはあと四つの人格がすんでいたのだ...。
ISBN: 4151101020ASIN: 4151101020
作品考察・見どころ
ダニエル・キイスが描くのは、単なる精神疾患の記録ではありません。本作の真の魅力は、記憶の欠落という絶望の中で、自分の中に潜む見知らぬ他者と対峙せざるを得ない人間の精神の多層性を、一級の文学へと昇華させた筆致にあります。地味なサリーの内側で蠢く鮮烈な四つの人格は、抑圧された欲望や怒りの象徴であり、読者は彼女の苦悩を通じて「私とは何か」という根源的な問いを突きつけられるのです。 それは鏡の破片を拾い集めるような、痛切で美しい再生の物語です。著者特有の、科学的な冷静さと人間への慈愛が同居した文体は、読者の心に強烈な没入感を与えます。バラバラになった自己が衝突し、共鳴し合う過程はスリリングで、ページをめくる手が止まりません。自分自身を統合し、真の五番目のサリーを見出そうとする魂の彷徨に、誰もが激しく魂を揺さぶられることでしょう。