あらすじ
人生もコーヒーも、苦いけれどうまい。
松尾純一郎、バツイチ、57歳。大手ゼネコンを早期退職し、現在無職。妻子はあるが、大学二年生の娘・亜里砂が暮らすアパートへ妻の亜希子が移り住んで約半年、現在は別居中だ。再就職のあてはないし、これといった趣味もない。ふらりと入った喫茶店で、コーヒーとタマゴサンドを味わい、せっかくだからもう一軒と歩きながら思いついた。趣味は「喫茶店、それも純喫茶巡り」にしよう。東銀座、新橋、学芸大学、アメ横、渋谷、池袋、京都──「おいしいなあ」「この味、この味」コーヒーとその店の看板の味を楽しみながら各地を巡る純一郎だが、苦い過去を抱えていた。妻の反対を押し切り、退職金を使って始めた喫茶店を半年で潰していたのだ。仕事、老後、家族関係……。たくさんの問題を抱えながら、今日も純一郎は純喫茶を訪ねる。
『三千円の使いかた』で大ブレイクの著者が描く、グルメ×老後×働き方!
ISBN: 9784093866965ASIN: 4093866961
作品考察・見どころ
本作の真髄は、組織という鎧を脱いだ男が自己の輪郭を再定義する再生の物語にあります。原田ひ香は、純喫茶が持つ時の堆積と、早期退職した主人公の余白を見事に共鳴させました。効率を求めた価値観から個の安らぎへとシフトする心の機微が、琥珀色の空間を通して鮮やかに描かれています。 孤独や働き方という現代的な苦悩を包み込む、著者の温かくも鋭い筆致が圧巻です。行き場を失った男の哀愁が純喫茶という聖域で解き放たれ、静かな勇気に変わる瞬間。その文学的なカタルシスは、人生の岐路に立つ全世代の心に深く、優しく刺さることでしょう。