『七人の侍』『トラ・トラ・トラ!』の原点となった作品など一挙公開。『明日を創る人々』秘蔵台本など、幻の脚本を発掘・初公開。
この全集は、世界のクロサワが遺した魂の設計図です。単なる脚本の集積ではなく、そこには人間の尊厳や葛藤が、凄まじい熱量を孕んだ筆致で刻まれています。幻の台本から滲み出る言葉の力は、一文字一文字がスクリーンの光と影を予見しており、読者は彼の脳内で行われていた壮絶な創作の格闘を、血の通った文学として追体験することになるでしょう。 映像化された名作群と比較すると、文字で綴られた心理描写の深さに驚かされます。映像では一瞬の表情に託された情念が、テキストでは重厚な思想として息づいており、紙葉をめくることで映像の余白に込められた真意が補完されるのです。文字と映像が共鳴し合うとき、黒澤映画の真髄がより鮮烈に、かつ立体的に胸に迫ります。

黒澤明(くろさわ あきら)は、日本の映画監督・画家であり、50年以上にわたるキャリアの中で30本の映画を監督しました。彼は映画史上、最も偉大で影響力のある映画監督の一人として広く評価されています。西洋映画から強い影響を受けながらも、それとは一線を画す大胆で躍動的な作風を確立し、映画制作のあらゆる側面に関わりました。 黒澤は画家として短期間活動したのち、1936年に日本映画界へ入りました。助監督や脚本家として数多くの作品に携わった後、第二次世界大戦中に娯楽アクション映画『姿三四郎』(1943年)で監督デビューを果たします。戦後には、高く評価された『酔いどれ天使』(1948年)で当時まだ無名だった俳優・三船敏郎を主演に起用し、この作品によって日本を代表する若手監督としての地位を確立しました。二人はその後さらに15本の映画で協働することになります。 1950年に東京で公開された『羅生門』は、1951年のヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を受賞するという驚きの成功を収めました。この作品の商業的・批評的成功により、日本映画は初めて西洋の映画市場に本格的に紹介され、他の日本人映画監督たちの国際的評価にもつながりました。 1950年代から1960年代初頭にかけて、黒澤はほぼ毎年1本のペースで映画を監督し、『生きる』(1952年)、『七人の侍』(1954年)、『蜘蛛巣城』(1957年)、『用心棒』(1961年)、『天国と地獄』(1963年)など、高く評価され(しばしば翻案もされた)作品を数多く発表しました。 1960年代以降は制作本数が減少しましたが、それでも晩年の代表作である『影武者』(1980年)や『乱』(1985年)を含む後期作品は高い評価を受け続けました。1990年にはアカデミー名誉賞(生涯功労賞)を受賞しています。 没後には、アジアの発展に20世紀でもっとも大きく貢献した5人の一人として、AsianWeek誌およびCNNにより「アジアの世紀(芸術・文学・文化部門)」に選出されました。彼の功績は、書籍や映像による回顧展、批評研究、伝記、そしてさまざまなメディアでの作品リリースを通じて、現在も広く顕彰されています。
実写化・アニメ化された映画やドラマを観て、原作小説ならではの美しい心理描写や、映像化で新たに加えられた解釈・演出との違いを楽しみましょう。
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