1941年12月7日、アメリカ合衆国の宣戦布告と同時に、帝國海軍の内南洋最大の根拠地であるトラック環礁が、空母3隻を中心としたハルゼーの第21任務部隊に急襲された。この時、トラック環礁には井上成美中将を司令長官とした第四艦隊の戦艦8、重巡4、軽巡・駆逐艦28隻が碇泊しており、その大多数が撃沈、大破などの損害を蒙った。当時は合衆国の日本に対する経済封鎖により日米関係は極度に悪化しており、いつ戦端が開かれても不思議ではなかった。一方、日本帝國軍は対米開戦に臨んでフィリピン島攻略を第一義と考えており、南雲忠一中将の第一航空艦隊を南シナ海に派遣し、本間雅晴中将が指揮する陸軍第一四軍が上陸の手筈を調えていたのだが...。