あらすじ
はたして、唱歌「信濃の国」は分県を阻止したのか。
その確認をしたいがために、明治四年の第一次府県統合から昭和二三年の分県騒動までのおよそ八〇年間を延々とたどってみた。(「あとがき」より)
長野縣はどのようにして長野県になったのか。
筑摩県県庁火災事件の真相はなにか。県庁放火は実際に行われたのか。
明治期に成立寸前までいった長野県分県案、さらに東北信地域と新潟県上越地域との合併案とは。
明治期に繰り返された長野県分県論議はそもそも実効性のある出来事だったのか。
戦後の分県騒動は本当に実現寸前までいったのか。
そして、なにより唱歌「信濃の国」は本当に分県阻止に有効だったのか。
何重にも折り重なった疑問を解消し、「信濃の国」伝説成立の実態に迫る
内容例 目次より
筑摩縣県庁焼失 火災は二度起きた
筑摩縣県庁焼失の実態/『信飛新聞』について/筑摩縣県庁焼失 第一報/『信飛新聞』第一報/実態を伝える「投書」/松本士族の無気力・無関心
二度目の火災/七月八日付上申書の疑問/放火犯逮捕の妥当性/素行不良・不逞の人物=犯人説/『信飛新聞』の仮裁判所火災未遂事件報道/『信飛新聞』一五八号の謎/七月二四日付上申書 六日間の逆転/七月二四日付上申書 要点/第二次府県廃合の検討開始時期/府県の廃置分合の噂は「流説」だったのか/『信飛新聞』記事の信頼性/捜査の停滞とうやむやに終わった事件
松本裁判所による容疑者の最終処分決定/決定的な上申書内容
筑摩縣県庁火災を推理する/二件の火災は「連続した放火」だったのか/筑摩縣県庁の火災原因は放火だったのか/県庁火災失火説の傍証/手際の違いから導かれるもの/裁判所放火説を考える/記事と上申書間の時間的逆転と齟齬/『信飛新聞』一五八号記事は誤報なのか/明治九年の浅井洌
唱歌「信濃の国」は分県を阻止したか 「信濃の国」伝説の考察
「信濃の国」伝説の政治性/分県阻止伝説とは/読売新聞関係の記事より/『長野県政史』記述 ベースは信濃毎日新聞/分県阻止伝説の混乱
昭和二三年分県論議の経緯/発端 昭和二三年一月〜二月/県会紛糾 昭和二三年三月/その時 昭和二三年四月一日/後日譚 昭和二三年四月以降
「信濃の国」は実際に歌われたのか/「信濃の国」は「いつ」、「どこで」歌われたのか/三月一九日、「信濃の国」は「どこで」歌われたのか/四月一日、「信濃の国」は「どこで」歌われたのか/唱歌「信濃の国」は分県を阻んだのか/分県意見書の可決=分県ではない/分県意見書への疑念は最初期からあった/分県不可能を南信側は知っていたか
昭和二三年(一九四八年)という背景/GHQによる急激な民主化/昭和二三年の長野県
伝説成立の謎/分県論議と「信濃の国」関係文書/「信濃の国」伝説の発端/伝説の基 黒田氏の述懐/「信濃の国分県阻止伝説」の流布/伝説 エンターテインメント作品の役割/「伝説」流布の経過/「信濃の国」分県阻止伝説の成立


