村山由佳が本作で描くのは、静かな水面の底で渦巻く、夫婦という名の逃れられない孤独です。十三年という歳月が積み上げた日常が、一人の若者の登場によって音もなく瓦解していく様は、あまりに冷徹で美しい。共にあるからこそ深まる断絶を「漕ぎ続ける」という行為に託して描く筆致には、大人の男女にしか理解し得ない凄絶なリアリティが宿っています。
他者の体温に触れながらも、魂はどこまでも独りであるという真実。読者は、主人公夫妻が対岸へと分かたれていく痛みを通じて、自らの内側に潜む深い川の存在に気づかされるでしょう。これは再生の物語か、あるいは決別への序奏か。静謐な文体の中に隠された剥き出しの情念に、心震えること間違いありません。