あらすじ
「酸いも甘いも噛み分けた女中が欲しい」そんな注文が入り咲は新しい奉公先のある上野池之端を訪れる。不忍池の畔のあばら家で待っていたのは、なんと母が幼い頃の咲を連れて奉公していた大店の元お嬢様、志摩だった。さらに妙な色気のある女、香も加わり、志摩は男女が人目を忍んで逢瀬を楽しむ“出合茶屋”を開くという。志摩の金勘定と香の客あしらい、咲の絶品料理で、店の評判はうなぎのぼりだったが……。お江戸の三人女が泣いて笑って元気をくれる時代小説。
ISBN: 9784575529050ASIN: 4575529052
作品考察・見どころ
泉ゆたか氏が描く本作の真髄は、密会場所としての出合茶屋を「女たちの救済の場」へと鮮やかに反転させた点にあります。江戸の厳しい世情に翻弄されながらも、訳ありの三人が紡ぐ温かな食膳と言葉は、閉塞感を抱える現代人の心にも深く共鳴します。単なる勧善懲悪に留まらない、人間の弱さと強さを丸ごと抱きしめるような優しい筆致が、読む者の魂を静かに震わせるのです。 それぞれに深い傷を抱えた三人の女性たちが織りなす連帯の美しさは、本作最大の文学的見所です。彼女たちが供する料理の一品一品が、客の凍てついた心を解きほぐしていく描写は、まさに著者の真骨頂と言えるでしょう。過去を悔いるのではなく、今をどう生き抜くかという凛とした祈りに満ちた本作は、読後に心地よい風が吹き抜けるような、至極の人間賛歌です。