眉月じゅんが描く本作の真髄は、失われたノスタルジーと歪な近未来が混ざり合う、唯一無二の情緒にあります。第10巻ではその迷宮がさらに深まり、愛という感情が個人のアイデンティティをいかに揺さぶり、再構築するのかという普遍的な問いが鮮烈に突きつけられます。
九龍という閉塞的なユートピアは、登場人物の内面を映し出す鏡のようです。過去の自分と「誰かの代替」ではない「私」の存在証明を求める鯨井の葛藤は、読者の魂を激しく揺さぶります。緻密な筆致が紡ぎ出す一瞬の沈黙や視線の交差には、言葉以上の哲学が宿っており、ページを捲るたびに濃密なロマンチシズムに圧倒されるはずです。