古田求
太平洋戦争が泥沼化してきた1943年(昭和18年)4月。人気を集めていた東京六大学野球連盟が解散となり、早慶戦も姿を消した。9月には学徒出陣が決定され、20歳以上の学生は入隊することに。慶應義塾大学塾長の小泉信三と、早稲田大学野球部顧問の飛田穂洲らは、出征を目前に控えた学生たちに“生きた証”を残してあげたいと、早慶戦実現に向けて、奔走する。史実から生まれた映画『ラストゲーム最後の早慶戦』小説版。
古田 求 は、日本の脚本家。佐賀県佐賀市出身。
実写化・アニメ化された映画やドラマを観て、原作小説ならではの美しい心理描写や、映像化で新たに加えられた解釈・演出との違いを楽しみましょう。