あらすじ
1:■序章
2:洋楽ディレクターによる編成作業
3:呼び名は時代によって変遷していく
4:■第1章 ビートルズ五代目担当
5:もっとも有名で、売り上げも最大
6:歴史の担当者
7:ポール・マッカートニー初来日公演
8:『フラワーズ・イン・ザ・ダート』来日記念
9:ポール来日中に走り回る担当者
10:『ライヴ!!』から『ポール・イズ・ライブ』まで
11:■第2章 1984年クイーン移籍
12:移籍前の西武球場公演
13:年賀状「今年はクイーン移籍で頑張ります!」
14:ラジオ・エディットとプロモーション来日
15:伝説の東芝EMIビル屋上撮影
16:オリジナル・クイーン最後の来日公演
17:曲の良さや個性で目立ったアーティスト達
18:■第3章 鋼鉄な日々
19:『嵐の使者』と『シアー・ハート・アタック』
20:アイアン・メイデン、『鋼鉄の処女』
21:六本木プリンスと京都とキムチ
22:新作なしタイミングの蠍団来日
23:凍り付いた担当者
24:取材レコーダー電池切れ
25:メイデン最初の全盛期
26:正統ブリティッシュ・ハードロック受難
27:■第4章 ビートルズ以前、と言えばベンチャーズ
28:1960年代の猛威
29:日本での黎明期
30:「太陽の彼方に」VS「ダイアモンド・ヘッド」
31:エレキ・ブームの到来
32:ベンチャーズとの出会い
33:初めてが新生ベンチャーズ
34:ベンチャーズ担当に
35:担当したたくさんのリイシュー
36:■第5章 デュラン・デュラン
37:テレックスに、渉外課
38:ラジオ・プロモーションや新譜試聴会
39:プリーズ・テル・ミー・ナウ
40:フィルム・コンサートと武道館
41:東京ドーム前日のイタリア料理記者会見
42:暴れ者デュランのバランス感覚
43:ワム!の友達デヴィッド・オースティン
44:■第6章 ヴァージン・レーベルとの出会いと別れ
45:『チューブラー・ベルズ』からの始まり
46:スムーズジャズにエレクトロ・ポップ
47:夜のヒットスタジオとゲイリー・ムーア
48:楽しかったヴァージンの日々
49:ハードロック/ヘヴィメタル再燃
50:■第7章 ヘヴィメタル王座決定戦への長い道
51:ゲイリーとクラプトン
52:ヘヴィメタル・シンジゲート
53:ヤニック・ガーズの新加入
54:メイデンの思い出あれこれ
55:ヘヴィメタル王座決定戦
56:■第8章 ボーン・トゥ・ラヴ・ユー
57:印税率のスーパースター・レート
58:クイーンの印税が高額ではない理由
59:月9「プライド」主題歌
60:“社長賞もの”のデジタルリサーチ
61:11月24日、フレディ死す
62:4月20日、ウェンブリー・スタジアム
63:■第9章 ポール・マッカートニー
64:幻の12公演
65:3枚組『ウイングス・オーヴァー・アメリカ』
66:『タッグ・オブ・ウォー 世界のツナ缶大辞典』
67:1982年のロンドン取材団
68:英EMIとの板挟み
69:ジョージ・マーティンがいた
70:■第10章 成長し続けるデヴィッド・ボウイ
71:映画『ビギナーズ』のサントラ
72:レッツ・ダンスに至るまで
73:シリアス・ムーンライト・ツアー
74:ブルー・ジーンズをノベルティで配る
75:サントラや主題歌
76:ボウイが愛したプロフェッショナル
77:■第11章 東芝EMI洋楽ディレクター列伝
78:1974年からの洋楽体験
79:股間に響くベース・サウンド
80:T.レックスの来日レコーディング
81:フレディのプライベート来日
82:三好氏の記憶
83:スーツ姿で帰ってきた石坂敬一
84:サタデー・ナイトのパクさん
85:写真嫌いのピーター・ガブリエル
86:■第12章 「洋楽の底力」
87:10年前の『セッションズ』
88:マスターテープ受け取りの受難
89:歌詞カードなき対訳制作
90:『イエロー・サブマリン〜ソングトラック』
91:ミュージック・トークス2000で『1』
92:『ジュエルズ』で制作宣言秘話
93:ヒプノシスの思想と輝き
94:■あとがき