本作の真髄は、観光地としての表層を剥ぎ取り、京都という都市が持つ生活の体温を鮮やかに浮き彫りにした点にあります。柏井壽氏が綴るのは、路地という迷宮に刻まれた歴史と人々の息遣いです。迷い込むことへの官能的なまでの喜びが洗練された筆致で描かれ、読者はページを捲るごとに京都の深淵へと誘われます。
路地裏という限定された空間を、美意識の極致である「静寂の贅沢」として提示する文学的感性は圧巻です。語られるのは、伝統を守る者の矜持と、一見さんには見せない素顔の京都。本書を手に取れば、地図にない京都の鼓動を愛さずにはいられなくなるでしょう。