綿矢りさの真骨頂は、日常の綻びに潜む可笑しみを唯一無二の感性で掬い上げる点にあります。本作は誰もが立ち止まった二〇二〇年の記録ですが、パンを焼く手触りやマスク越しの恋心など、ありふれた光景が彼女の筆に掛かれば、鮮烈な生の躍動として立ち上がります。
深刻な不安と楽観が混ざり合う特異な空気感を、これほど軽妙かつ鋭利に写し出した作品は稀有です。著者の息遣いが伝わる直筆の絵と共に綴られた深い洞察は、混迷の時代を生きる私たちの心を解きほぐします。今こそ読み返すべき、日常を愛おしく再定義する傑作エッセイです。