あらすじ
本写真集は、埼玉県さいたま市桜区新開地区の早春の時期を主題として撮影したものである。「新開」は「しびらき」と読み、難解地名の一つに挙げられることが多い。全国に「新開」という地名は残され、「しんかい」という読み方をする場所もある。この地名は、荒れ地を新しく切り開くこと、また、土地が開拓され、市街が新しく開くという意味に結び付く。
新開のシンボルとして称揚できる美しい桜堤は地域の貴重な自然文化遺産である。春の時期を前にして、新開の地域内に佇む高揚感に手を伸ばすことが、本写真集の撮影と編著に向けた動機となったのである。一方、凛とした早春の風景を前に、そこに漂う心象は只管に静かなものであった。百花繚乱の春を前にした、桜並木の枝幹の黒さ、凍てつくアスファルトやコンクリートの冷たさ、寒冷な風を吹かせ続ける晴天の青さは、一種の冷淡なる詩情として目に映り、それらを受容した時、私は写真の鮮やかさを敢えてモノクロームで表現したいと考えたのである。モノクロームの写真によって想像力を掻き立てる効果があることも確かである。そして、新開の桜と対峙する、もう一つのシンボルである平野原送信所、さいたま市内で最も高い建築物の電波塔、通称「新開タワー」と、障害者支援施設しびらきファームの苺たちが本書の主役であることは明らかである。
春を前にした今その一瞬を受け止めよ。早春の新開に想いを寄せ、そこに存在する風景、それはありふれた日常の風景であるが、街並みの各所に存在する一瞬一瞬を切り取り、この写真集を織り込むに至ったのである。新開を散策しながら春を思う。しびらき商店街の「ひとつながるカフェ」でコーヒーを飲む。新開タワーの位置を確認し、自らの立脚点を確認する。あたかも滑走路のように。その行為を続け、ふと立ち止まる瞬間、春の歌を歌おう。それぞれの春の歌を。
著者 山下 祐樹 (やました・ゆうき)
1982年、埼玉県熊谷市生まれ。埼玉県立熊谷高等学校卒業、明治大学政治経済学部卒業、明治大学大学院政治経済学研究科博士前期課程修了。独立行政法人国立文化財機構・東京文化財研究所、熊谷市立江南文化財センター、公益財団法人長島記念財団・長島記念館研究員などを経て、障害者支援、芸術参加、食と農福連携事業などを担当する傍ら、学芸員、批評家として美術史、建築、バロック音楽、哲学研究を進める。著書に『熊谷ルネッサンス』『熊谷ダイナミズム』『青鮫は来ているのかー金子兜太俳句の構想と主題』『市民社会のロゴス 共同体のトポス』『ミネルヴァの記憶 プロセルピナの薔薇』『悲愴なる青 憂鬱なるオルフェ』『意志と表象としての世界にラピスラズリの光を与えよ』『ゴルトベルク変奏曲から始まるカイエあるいは神秘の防壁を目指す巡礼の旅』『無伴奏パルティータと青の詩学』『熊谷句碑物語ー熊谷の歴史を彩る俳句と句碑をめぐる旅ー』『句集 初星と松籟』などがある。