エジプト映画史における不朽の傑作である本作は、日常の些細な諍いが巨大な国家権力の闇へと飲み込まれていく不条理を、息を呑むような迫真性で描き出しています。喜劇王アデル・イマームがその陽気さを封印し、極限状態に置かれた人間の尊厳と剥き出しの恐怖を全身で体現した演技は、観る者の魂を激しく揺さぶります。
特筆すべきは、閉塞感あふれる演出がもたらす圧倒的なリアリズムです。ただ不運に見舞われただけの「普通の人々」が、逃れられない暴力の連鎖と沈黙の壁に直面する絶望は、単なる社会批判を超えた普遍的な問いを私たちに突きつけます。個人の尊厳とは何かを過酷な映像美で問いかける、映像表現の極致とも言える一作です。