天野喜孝の幻想美が、押井守の哲学によって静謐な動く宗教画へと昇華された本作は、観る者の感性を極限まで研ぎ澄ませます。セリフを削ぎ落とし、水滴の音や影の蠢きで語る演出はアニメが到達し得る最も純粋な表現であり、その美しさは暴力的なまでに深層心理へ食い込みます。
原案の神秘性に映像特有の時間軸が加わったことで、静止画では描き得ない信仰の揺らぎが残酷なまでに強調されました。原作の記号的な世界を、流動する光と影の芸術へと再構築したことで、救済の不確かさを生理的な体感として刻み込んでいます。これこそ、映像表現が成し遂げた究極の思索と言えるでしょう。