成瀬巳喜男監督が円熟期に放った本作は、静謐な日常生活の裏側に潜む「人間の業」を冷徹に抉り出した心理サスペンスの傑作です。善人という仮面が剥がれ落ち、罪悪感に苛まれる男の脆さと、対照的に覚醒していく女の凄絶なまでの強さが、モノクロームの緻密な構図の中で鮮烈に浮かび上がります。
特に小林桂樹が見せる魂の震えと、新珠三千代の静かな狂気を孕んだ佇まいは圧巻です。家族を守るという大義名分が、いつしか身勝手なエゴイズムへと変貌していく過程は、観る者の倫理観を激しく揺さぶります。誰の心にも潜む「他人」が顔を出す瞬間、平穏な日常が異界へと反転する戦慄をぜひ体感してください。