本作は、後に鬼才と呼ばれる園子温が、自らの魂を剥き出しにして叩きつけた衝動の原点です。単なる自己紹介を超えた凄まじい熱量は、カメラを武器として選んだ一人の青年の叫びであり、既成概念を破壊しようとするパンクな精神に満ちています。若さゆえの過剰さと、虚実の境界を無謀に飛び越えていく圧倒的な疾走感こそが、本作の持つ抗いがたい魔力と言えるでしょう。
8ミリフィルムという極めて私的なメディアを使い、自らを被写体へと投影する演出は、映像が持つ根源的な暴力性と美しさを浮き彫りにします。そこに映るのは、世界の中心で「己」を定義しようとする狂気的なまでの執着心です。この一作に凝縮された、表現者としての剥き出しの覚悟と独創性は、観る者の心に深い爪痕を残し、映画という表現の自由さを改めて強く突きつけてくるのです。