本作の白眉は、主演・小杉勇が見せる変幻自在の肉体性にあります。タイトル通り、人間の多面性を物理的な変装のみならず、卓越した表情の変化で描き出す手腕は圧巻です。時代の熱量を孕んだモダンな映像美と、影を効果的に用いた演出が、人間の内面に潜む「誰でもない自分」を鮮烈に浮き彫りにしています。
梅村蓉子や津島類子ら名優たちが織りなす繊細な演技は、虚飾に満ちた社会への鋭い風刺を感じさせます。映像表現の可能性を模索した時代だからこそ到達できた、純粋かつ濃密な心理描写。本作は、観客の深層心理に「真実の顔とは何か」という根源的な問いを突き刺す、時を経ても色褪せない映像美学の結晶です。