早見和真は、人間の美徳の裏に潜む「業」をえぐり出す名手です。本作は高校野球を題材にしながら、実は教育という名の狂気や、子に己の夢を仮託する親の切実なエゴを鋭く描写しています。息子を支えるという大義名分の影で、母親たちが繰り広げる熾烈な心理戦や葛藤は、読者の胸を容赦なく締め付けることでしょう。
その泥臭い感情の果てに見えるのは、献身を超えた「一人の女性としての再生」です。アルプス席という孤独な戦場で、誰にも言えない痛みを抱えながら叫ぶ菜々子の姿は、現代社会で何かに固執し戦う全ての人の魂を揺さぶります。家族という絆の危うさと尊さを問い直す、早見文学の真骨頂ともいえる鮮烈な一冊です。